こんな写真を選んでいるからには、これから熱く力んだ文章を書くだろうことがわかる。わかっているので、流している曲はさらに慎重に選び始める。

これは2001年に撮られた写真で、大学生の時に花屋バイトを楽しんでいた頃の僕。同じ職場の幾つか年上のお姉さんが撮ってくれて、自分で言うのもなんだけどなかなか良い感じに映っている。今の僕の眼から見れば、お姉さんはこういう感じで僕を見てくれたんだなぁということがよくわかる。花屋のパートのお母さん的な方の家で、みんなで集まって食事会してた時の写真だね。

この1週間は、撮影仕事もなかったのでずっと部屋にいた。先月まではもうわけがわからないくらい様々な状況に対面して心が疲れていたので、今月からはこれまでの静かな僕でいようと強く思った。これまでの静かな僕とは、部屋のパソコンの前で、いつまでも今まで撮ってきた写真と向き合っている僕のこと。もう何年も何年も、そんな自分と付き合っている。

先月、せっかく楽しんで始めたインスタグラムで、パソコンから写真を投稿できなくなって畜生!という感じになっていたけど、新アカウントを作ってチャレンジした結果、しっかり投稿できて、また今までの写真と向き合うことを始めた。心が疲れていて、何万以上の写真を見る気も起きなかったが、見事に再燃したのだ。僕はインスタグラム内でやることは「写真よ、大志を抱け!」という秘めたタイトルを付けている。あまり人の写真には興味はない方なのだけど、僕の写真だけは僕であるべき、ことを念頭に置く。見知らぬたくさんの方々にフォローしてもらい、たくさんのハートマークを頂くのも嬉しいけど幸せまでには至らない。僕はただ、必要だと思っていることをやるだけなんだな。

7年かけて全フィルムからスキャンしてきた17年分の写真データや、デジカメで撮ってきた写真を再調整したり、どこに何の写真があるか把握し、いつでもすぐ引っ張りだしてこれるようにすること。これらはすべてにおいて、まるでお金にならない仕事なのだけど、やらなければいけないと長く強く思ってきたんだからね。その吐き出し口(インスタ)があるかないかでは、はかどり具合がまるで違う。

僕はスマフォがないので、お隣のおばさんの電話番号を借りてまで(セキュリティーコードを得るため)インスタグラムを始めた。僕は理念に外れたことばかりやりたがるので、また何かに引っかかり投稿できなくなるかもしれない。でもすべての写真が細胞として自分の身体に浸透し、それらをある程度、使い切るまで。これを続けたいと思う。

各年代の写真の中には、友達や恋人などが撮ってくれた僕自身の写真が結構ある。今までは僕が撮った写真じゃないのだから、で見向きもしなかったのだが、今はそっちの方にこそ喰いついている僕がいる。これが写真の最大の楽しみなんじゃないかということは、みんなの反応も見ていればすぐわかるよね。僕は何万点ある写真データを、整理し把握し終えるまで、楽しむことを忘れずにやっていきたいと思う。その作業(丸1年はかけるかな)を終えて、たとえどんなに大人気インスタグラマーになっていたとしても、僕はそれをやめるんだと思うよ。もちろん、そんなことないとわかってるなら、考えなくてもいいお話でした。

2001年、16年前として23歳の僕。リピートで流した曲は、バセルバジョン「放し飼いの犬」でした。

 

 

大事なこと書くの忘れてた(笑)

Instagram : yusuke_630

 

投稿できなくなることが、もうありませんように!

 

#3504-01-02 /  Yusuke 2001

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