今月は、デザインスクールの撮影をたくさんやっている。その対象者は、僕の周りにある美術の分野とは、ほとんど無縁の世界にいた方々。でも自分たちの勤めている居場所の中でもデザインという要素はやたら幅広く存在しているもので、そういう方々のための学びの場、それをデザインする人たちがまたいる。

僕はその広報のための写真を撮っている。ここは優れたデザインや表現者を排出するための場所でなく、本当はそういうことを学びたいのに、なかなか学ぶ場所がなかったという方々のための場所である。

今となっては、僕なんかをだいぶ慕ってくれるムサビの後輩たちが起業して頑張っている。こういうことに挑戦する人たちがいるからには、長く美術の分野で写真の仕事を続けてきた僕の写真も、それなりに役に立つかもしれない。僕の写真は視点だけであって、優れ過ぎたものを提供しないという同じようなコンセプトのもとでやらせてもらっている。

写真を撮るのはいいんだけども、彼らの本当に学びたいという熱意には、正直申し訳ない気分になったりもする。僕は彼らの学びたいデザインの学科に6年もいたのに、まったくと言っていいほど学んでこなかった。現在の写真仕事に関することはちゃんとやってはいるけどね。

はっきり書くと、彼らはセンスという言葉にだいぶコンプレックスみたいなものがある。僕から見れば、その人たちのような生き方はできないのだから、お互い様であるのだけど。そういうところをまず認め合うことから、少なくとも黙って撮っている僕は。ムサビにもいろんな学科があって、美術がいかに素晴らしいかを伝えるための学科があり、そこで過ごした人たちが作った学校、アートやデザインの本当の未来のために貢献できる人たちが、まさに挑戦中なのである。

昨日は、白湯のドリンク商品化があるとする授業の最終発表で、自らしたリサーチやデザインの成果を具体的かつ端的にプレゼンテーションする授業だった。僕はまさにこういう学科にいたわけで、うーん懐かしいなぁ〜。しかし、さすがにみなさん美術よりもこういうことの方が得意という方々ばかりで、プレゼンするのほんとうまいうまい。すごいレベルだなぁと思う。僕の学生時代の頃の課題のプレゼンなんて、こういう気分でしたとお茶を濁して場を和ませるしかなかったからなぁ。彼らの貪欲な学びの姿勢に胸アツしながら写真を撮らせていただきました。

そういえば、うちの兄貴もキリンビバレッジで勤めているんだけど、飲料水の商品について会議に参加している絵が浮かんだな。彼らみたいな人たちがデザイナーたちといざやりとりするための場所でもあるんだと思うけど、彼らが欲しがっているセンスってなんだろうと思ったりする。彼らは大抵、美術の才能をセンスという言葉で片付ける。僕はそれがちょっと乱暴だといつも思ってきた。確かに僕もその概念だけでしかやってこなかったと思うけど、センスだけがあり過ぎても、恵まれた環境がなければ、生きていけないからね(笑)センスを磨くなんてことほど馬鹿げた話はないと思う。失うか失わないか、それだけだもの。それならばまず、知らないうちに体得してしまったものを失くすことから始めた方がいい、と僕なんかは思うな。いったい僕は何の話をしているのだろう。お仕事の話でした。

昨日はお昼休憩中に、学長さんたちから、祐介さんあたしたち猫が欲しくてたまらないんです、という相談を受けた。彼女たちは毎日運営が大変で、常にオン状態でいまひとつ温もりがないというお話。でもやっぱり選びたくはなく、運命を待っている感じのようなことを言う。僕の周りはSNSでも猫情報だらけ、世にはたくさんの猫おばさまがいらっしゃることと、運命が見つかるまでは「ねこあつめ」をダウンロードすること、それから動物病院には大抵張り紙がしてあることを教えてあげた。たまに戸越銀座のペットショップにも、福島からやって来た猫ちゃんたちが待ってるよ、と。僕はいったいここに、何をしに来ているのだろうね。ここでも、お茶を濁しておしまい。

 

http://wedesignschool.com

 

#3470-17-03 /  Uoshin Nogizaka

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