2005年、だんだん人生を振り返るモードになってきた(笑)この年はひとつ大きなことがある。大学時代から暮らしていた国分寺小平周辺から品川区に引越しをしたのが2月。それ以来、僕はずーっとこの場所に暮らしている。親戚のおじさんおばさんのアパートで、彼らがいなかったら、僕はもうこの世にはいないと思う。

04年に変な自信をつけ、この年からはちゃんとしたプロのカメラマンになろうとした。最初はミュージシャンを撮るような仕事がしたかったと思うけど、ギタリストのカヤさんに会ってからはあまり興味がなくなった。彼だけを撮れればいい。僕にとってはそこまでの人だった。

プロはフィルム一眼でなく、高価な中判カメラでこそ。借金返済計画書をこしらえて親父に頼みこむ。新品ペンタックス645、2本のレンズ合わせて、411,579円。フィルムも大きくなり、これで形だけは整った。実際、先輩カメラマンさんから大手ストックフォトのアートディレクターさんを紹介してもらって、写真を見てもらって、ぜひやりましょう、それで最低限これは必要だった。

長い目で見ると、このカメラを使うようになり、本来の自分らしい写真は徐々に姿を消す。大きいし重いので、感じた瞬間を撮れないというのが一番わかりやすい。これに慣れるまで何年もかかったな。慣れた頃には世界はデジタルになっていて、あまり自分らしい写真を撮っていない。その代わり仕事(その時はまだ限られたものだけど)では相当役に立った。実は今もフィルムでやらせてもらえる仕事がひとつだけあり、年に1度だけ使っている。撮ってる相手は小学生なんだけどね。今の小学生はデジカメでないカメラを見ると、ヒメジョオンを観察するような目つきだよ。

で、この05年は、世の中はそう簡単にいかない事実をたくさん思い知らされたなぁ。個人でストックフォト用の撮影は多くやったけど、ほとんど他の仕事は入らず、夏前には自滅で破産。それなのに新しいカメラとも旅に出たくて1週間くらい韓国旅行に出ちゃって、帰ってきたら217円しかなかったのを思い出せる。それで仕方なくまたポスティングのバイトを始めて、今度は都心周辺の街をわずかな日給を稼ぎながらたくさん撮った。これはポケットに入るカメラで撮っていたので、日々の肉体労働の中、反射的に撮ったよい写真がたくさんある。なんだ、やっぱり僕はこっちだな、そんなことを思う。

でもこの年に撮ったストックフォト用の写真が、のちに1点100万円で取引されることもあった。これぞ広告の世界。ただの住宅街の道路、遠くで猫が小さく寝転んでいる写真が100万円だよ?(撮影者には40万円)、ポストにチラシ30万枚分を、たった1枚の写真で稼げるこの世界。日々他人の家のポストにピザや不良品回収のチラシを入れながら、なんだか僕はずいぶん変な生き方をしているなと思った。今思うと、その振り幅こそが何かを生むにはもってこいの状態だと、少しだけ羨ましい。

この年の写真では、友達とサッカーするために原付で山手通りを走っていた時、たまたま満開だった桜を撮ったやつがよかったな。写真というのは、別に一生懸命でなくても、人を感動させることができるものらしい。

 

 

#3409-05-01 /  In My Room

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